お金について考える。お金の循環とイメージ:コーチングセッション記録 6-1

お札のアップ

コーチングセッションのアウトプット

自分自身の活動として、
コーチングセッションを提供するということを始めたのですが、
自分がクライアントとなるコーチングも、
2週間に1度の頻度で受けています。
かれこれ6回目くらいになります。

セッションを通して、
毎回新しい気づきがあって、
ビジョンも方向性も明確になっていきます。
そして、さらにそれを文章化して、しかも自分の外にアウトプットしてみたら、
さらなる循環が生まれるのではないか?
そう感じたので、
振り返りと発信を兼ねて、ブログに書いてみることにしました。

コーチに背中を押してもらえることの重要性

コーチはこの方。

ミライ・ヘムカウ – 想定の範囲内から、想定できなかった毎日へ

使う言葉や価値観が、ぼくとけっこう似ているなあと感じたのが、
コーチをお願いしようと思った理由です。

そして、背中を押してくれる力加減とタイミングが絶妙。

バンジージャンプで例えると、
無謀な後押しはしないけど、
いいから行っちゃえよ!って、
けっこう躊躇なく突き飛ばしてくれるような?笑

で、飛んでみたら、
「なんだなんてことなかったわ」
「早く飛べばよかった」
ってけっこう思う。

結局、制限って自分でかけているんだなあと。
自分一人根拠なく怖がってるだけで、
他から見たらなんでそこで躊躇してるんだろう、とか。

なので、ちゃんと安全や結果に配慮してくれつつ、
でも思い切ってポン!と背中を押してくれる存在というのは、
本当にすごくありがたいです。

テーマ「お金の流れ・イメージを良いものにしたい」

2017年6月某日。
体験セッションから数えて6度目のセッション。

これまでは実際に会ってセッションしてもらってたんですが、
今回はSkypeで。

ぼくは自分のセッションをいつも録音させてもらって、
時間があるときに繰り返し聞いています。
聴くたびに新しい発見があるし、
思考の習慣として定着も深まると感じています。

この日ぼくがテーマとして選んだのは、
「お金の流れ・イメージを良いものにしたい」というもの。
お金に関してコーチしてもらうのは2度目です。

ぼくにとってお金というのは、
ものすごく興味深いテーマであると同時に、
気軽に触れてはいけないような特別さや神聖さを感じるモノ。
あるいはどう、
扱っていいのかわからないような得体の知れないモノ。
という感じがある。

思考が現実を生む

これまでは、
「ぼくはお金には困らない」
という根拠のない自信がなぜかあって、
実際お金に困ったこともない。

どうしても必要だったらどこからか、
ちょうどいいくらいのお金がなぜかやって来るし、
なければないなりに、
その生活や状況を楽しめてしまったり、と。

ところが最近気づいてしまった。
「お金に困らない」というその確信が実は、
今のぼくの状況を作っていたんじゃないかと。

つまりは、
困らない程度の経済状況。
増えたり拡がっていくんじゃなくて、
このラインまでは行けるよね、
これ以下でもないよね、
というような、どっか制限かけられてる感じ。

振り返ると実際、いつもそんな感じだったわ。

生き方とお金が乖離してる

そんな状況で迎えた今回のセッション。

結論から言うと、
ぼくは30代のものすごく大変だった時を境にして、
生き方や人生観が大きく変わりました。
競争社会や資本主義的なものにすごく違和感を感じて、
そのあたりを今、見つめ直している。

ところが、
こと、お金に関しては、
依然として前のままの価値観や考え方のまんま。
そんなことに気づきました。

生き方とお金では、依って立つ場所が違っている。
それぞれが属している世界の、文化やルールが違う感じ。
その辺の乖離に戸惑っているんだなあと。
そりゃ歯車かみ合いませんわなあ。

いろんな視点からお金を見てみる

簡単にセッションの内容を振り返ります。

ちょっとした実験をしました。

お金を象徴するものを何か一つ決めて目の前に置く。
ぼくが選んだのは、そのまんまだけど、
通帳をしまっている黄色いポーチ(かっこいいやつ)。

このポーチをいろんな視点から眺めて、名前をつけていきます。

まずは、単純に今の視点から。
机に座って、目の前にポーチを置いて、それを眺める。どう感じるか?
・すごく大事なものに感じる。
・守らないと。
・フレンドリーな感じではないな。
・あ、全然動きがないわ。
・ここが終着点で、ここに溜まっていく感じ。
・ここからは何も発信してない。
この視点につけた名前は
[溜まった水]

次は、部屋の中で居心地のいい場所に移動して、
そこからポーチを見てみる。
移動したのはベッドの端。そこに座ると部屋が俯瞰できる。
落ち着いて、ボーッとできる場所。
ニュートラルになれるところ。
ここから見るお金(ポーチ)は、
・あ、あったんだ。
・この場所で、こいつの存在について考えたことなかったな。。
・この場所でこいつについて考えたら、いろいろ使い道が浮かびそうだな。
この視点につけた名前は
[資源]

お金に対して感じている特別感から、さらにお金を見てみる。
・得体の知れないパワー。
・何かが宿ってる感じ。
・でも興味や好奇心はあるから、遠くから長ーい棒でつついてる。
この視点の名前は
[棒でつついてる]

尊敬する人物を思い浮かべてみる。
たくさんいて、
一人にするのは難しくてしばらく考えてたんだけど、
そのときに一番頭に浮かんだのは、
司馬遼太郎。
凛とした佇まいとはうらはらに、じつはかなりパンク、
というようにぼくは司馬さんを感じている。
純粋に在り方としてカッコいい。
その司馬さんからさきほどのポーチを見ると、
・巡ってきたお金を創作活動に注ぐという循環がある。
・その循環は太く力強く、一本筋が通っている。
・そして、司馬さん自身を含め、その循環自体が作品。
司馬さんの視点につけた名前は
[循環自体が作品]

他にもあと2つほど視点を移動して、お金を眺めてみた。
面白い。
視点が違えば、同じものを見ていても全然違って見える。

おお、今回も長くなってしまった。2回に分けます。
続きはその2にて。

以上、
「お金について考える。お金の循環とイメージ:コーチングセッション記録[6回目その1]」
というお話でした。

ありがとうございました。
では〜。

ケン

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