自分の想いや考えは吐き出さないと、そのうち発酵して爆発しちゃうぞ

地中のマグマが爆発

WikiImages / Pixabay

自分と他人は違っていて当たり前?

知人との会話の中で、
「自分の考えと他者の考えが、同じなはずないよね」
「人それぞれ違っていて当然だよね」
という話になった。

そして、
知人が続けた言葉にさらに衝撃を受けた。

「自分の考えと他の考えの一致点と相違点が、
明確になっているとさらにいいよね」

あ、
おれその作業、すっ飛ばしてるわ。

・なぜ相手はそういう考え方をしているのか?
・どうしてぼくはそういう結論に至ったのか?
・どういう部分では共通しているのか?

そうした精査のプロセスを踏まずに、
確認作業をせずに、

人はそれぞれ違っていて当然だ。
だから、自分は自分でいいんだ。

で済ませていたように思う。

なぜぼくはこう思うのか?

中学生の時。
進路について考えていた時のことを思い出した。

高校のリストの中に、
工芸科というのがあるのを見つけて、
ぼくの胸は高鳴った。

「楽しそう。。」

親に相談した。

反対された。

ぼくはそれに対して、
自分の考えや想いをまったく伝えることなく、
その気持ちを飲み込んだ。

この時のことは本当によく思い出す。

両親は自分たちの意見をぼくに伝えた。
それに対して、ぼくはぼくの考えを伝えるべきだったのではないか?

だけど、怖くて言えなかった。

怖いというより、面倒くさかったの方が近いかもしれない。

・なぜそこに行きたいのか?
・そこに行くことで、何が得られるのか?
・そうするために何をする必要があるのか?
・そのために何ができるのか?

そういった、
計画や根拠、可能性、裏付け、などなどを、
考えたり整理したりするのが、
ものすごく面倒に感じたし、
反論や説得に向き合える自信もなかった。

だから、
自分の考えは飲み込んで、
これでいいんだと自分を思い込ませて、
波風立てない道を選んだような気がする。

その方が簡単だし、穏便だし。

どうも、このあたりから、
似たような場面で、
そういった対処をするようになった気がする。

その場はうまくいくから。

自分の思いは、とにかく吐き出しとけ

飲み込んで蓋してる訳だから、
いずれぼくの中に溜まったものは、
発酵し、
爆発する。

そういった爆発は定期的に起こる。
そういうことだったのか。。

「なぜかはよく分かんないんだけど、行きたいんだよ」

うまく言えなくてもいいから、
自分の思いは吐き出しといた方がいいな、と思う。

小さいうちに、こまめに出すのがいい。
その方が衝撃も少ない。

おしっこを1週間も我慢してたら、
大変なことになるのと同じで。

最近は、ようやく少しずつうまくできて来ているような気がします。
あ、おしっこの話ではなくてね。。

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