ぼくは「いい人そうに見える」らしい

笑顔のイラストで顔を隠している男

ぼくはよく、
「いい人そうに見える」
とよく言われる。

「いい人」
でも、
「いい人そう」
でもなく、
「いい人そうに見える」
らしい。

本当によくそう言われる。

本当はどうなのか?

実はこの微妙なニュアンスの違いには、
これまであまり気にしていなかった。

違いがあることにすら気づいていなかった。

いい人そうに見える?ありがとう!
と、むしろよろこんでいた。

だけど最近思った。

表面的にはいい人そうに見える。
本当はどうなんだろう?

そんなニュアンスがあるなあと。

言った人は、
そこまで深くは考えてないかもしれないんだけど、
自分の中では、
そこに何か自分の核心があるなあと、
感じたんです。

そこがぼくのチャレンジなんだろうなあと。

自分のイヤな部分に向き合う

これまでの人生で直面したいろいろな挫折や、
日々の生活の中で直面する課題の大元に、
この、
「表面的によさそうに見せている」
というのがある気がする。

目に見えるところは繕っておく。
人目に触れるからね。
見た目大事でしょ。

中身や本質の部分は、まあなんとなくでいいよね。
だって外からは見えないじゃん。
そんなところまでこだわってたら大変だし、面倒だし。
なにより自分の本当の姿に直面するのって怖いし。

むー、自分のイヤな部分。

良さげに見えてれば、ひとまずいいじゃん。

振り返ると、ずっとそんな感じで生きてきたかもしれん。

さあ、どうするんだ?

気づいた。
気づきました。
気づいてしまいました。

でもさあ、
やっぱ怖いし、めんどくさい。。。

人からどう思われるかっていうのはすごく怖いし、
そこから逃げずに向き合うのはもっとめんどくさい。

なんとなく表面的にうまくやってるふりして、
いい感じ”そう”に進んでいくこともできる。

気づいたけど気づかないふりして、
だましだまし生きていくこともできる。

それはそれでいいけど、
本当にそれでいいのか?

それじゃあ、今までとまったく変わらないよな。

気づいちゃったからな。
気づいたからにはやってみようか。
ちょっとずつやってみようか。

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