ポーランド・ヴロツワフにてストリートアートについてのインタビューを受ける

<ポーランド・ヴロツワフ滞在記> 2016年1月16日(土)

もう8日かあ。
けっこうあっという間だったなあ。

インタビューのためヴロツワフ旧市街広場で待ち合わせ

昨夜、
坂光敏ライブドローイングinポーランドのオープニングが終わって、
少し山を越えたかなあ、という感じです。

打ち上げで飲んだお酒も全く残っていなくて、
スッキリとした目覚め。

今日は、
お昼にカロリーナという人からインタビューの約束が入っているので、
旧市街広場で昼前に待ち合わせ。

この広場、
市庁舎を囲むように石畳が広がっていて、
噴水や銅像があり、
大道芸をしていたり、子どもがシャボン玉を吹いていたりと、
賑やかかつ和やかな雰囲気が漂っている。

この日は、近々イベントがあるのか、
櫓が建てられたり、照明の準備されていたりと、
設営の真っ最中という感じだった。

インタビュアーはカロリーナさん。
しかしここヴロツワフには、
カロリーナという名前の人が多い。
日本で言うと、けいことか、ひろこみたいな感じなんだろうか。

インタビュースタート。ん?ストリートアートについて??

彼女の知っているカフェへ向かいインタビュー開始。

ばんくんに来たオファーなのでぼくは詳しいことは知らなかったんだけど、
このカロリーナさん、
ストリートアートを研究されている方らしい。

そしてインタビューが進むに連れて、
お互い「???」みたいな雰囲気に。

どうも話が噛み合ない。

坂光敏が行なっているライブドローイングという作品は、
壁に一定期間、絵を描き続けて、それをネットを通じて中継をするというもの。

壁に絵を描くということよりは、
上書きし続けて、それを一部始終配信する、
ということの方が、
コンセプトの核をなしている。

作品はそれ自体が生き続けているし、
一度きりの人生のようなもの。

ライブドローイングのライブとは、
中継という意味と、
生きるという意味も併せ持っているのだと思う。

なので、
坂光敏の作品はストリートアートではないと思うし、
本人もそういう認識でいるだろう。

壁に絵を描くという行為は、
見た目としてはグラフィティとかストリートアートと似ているんだろうけど、
本質的な部分では同じではない。

坂光敏の人生自体が作品

ぼくも少し発言できる機会があったので、
・彼の作品というのは彼の人生、生き方そのもの
・作品の中にポジティブ、ネガティブ、いい、悪いというような概念は基本的にはない
・何かにあらあがわない
・あらゆるものを受け入れる
みたいなことを、
あくまでもぼくの意見として、
坂光敏の作品や活動の解釈として述べさせてもらったんだけど、
どう伝わったか?

この辺のニュアンスは、日本であっても、
ものすごく共感をしてもらえることもあれば、
何言ってるの?ってなることもあるので、
単なる言葉によるものではなさそう。

よくよく聞いてみると、
カロリーナさん曰く、
坂光敏はストリートアーティストとして紹介されていたとのこと。

彼が面白いのは、
「まあどっちでもいいけどね〜」
という許容量の大きさも持ち合わせていること。
そうしたスタンスも、
坂光敏の作品であり人生なんだろう。

物ごとの解釈というのは人それぞれだし、
そのどれが間違っていて何が正しいというのもないと思う。
ジャンル分けなんていうのもナンセンスなのかもしれない。
そういうことを改めて感じることができた、
なかなか面白い経験だった。

ともあれ、海外インタビューデビューしました~。

追記:
坂光敏写真集に、
日記として坂視点で細かく書かれているので、
ぜひお読みください ↓

ではまた~。

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