「愛とはなにか論」論:東京ポッド許可局とコーチングから、人との関わりについて考えてみた

草むらの中を進む男

人類愛と隣の家の人

東京ポッド許可局というポッドキャスト(TBSラジオでも放送中)が好きで、
よく聞いています。

芸人のマキタスポーツ、プチ鹿島、サンキュータツオの3人が、
毎週いろいろな論を論じる番組で、
メディアで語られる、いわゆる一般的な論調や世論に疑問を提示したり、
一般的な視点とは少し違った側面から、
各自が独自の切り口で持論を述べているのがかなり面白い。

https://radiocloud.jp/archive/tokyopod

その東京ポッド許可局の今週のテーマが、
「愛とはなにか論」

愛とはかけた時間で測れるものなのか?
人に対する愛と、物や事に注ぐ愛とは違うのか?
など、愛についての議論が繰り広げられるのですが、
その中でぼくにとって衝撃的なフレーズが。

「人類愛を語っていながら、じゃあ、隣の家の人との関係はどうですか?」

大きな理想を掲げるのもいいけども、目の前の身近な人間関係はどうなのか?と。

ガーン。
それ、オレじゃんかよお。

番組を聞いていた、
その、つい数時間前に自分に起きたことと完全に一致。
誰かがどこかで見ていたかのようなシンクロ具合に、
かなり驚きました。

コーチングで見えた、自分では気付かないダークな一面

何があったかと言いますと、
コーチング、
を受けていました。

コーチングというのは、ものすごくおおざっぱに書くと、

コーチは質問をする。クライアントはそれに答える。
そうすることで、自分で答えを見つけていく。

自分では気付くことが出来なかったことを発見し、
頭の中がかなり整理され、未来への方向性が見えてきたりします。

コーチングについては、
今まさに勉強中でもあるし、
本当におもしろいなあと感じているので、
また改めて詳しく書いていきたいと思います。

そのコーチング・セッションの中で、
自分がこれまで気付かなかった面、
そして目を背けたくなる点(だからこそ見ないようにしていたんだと思うが)、
つまり、ダークな自分が、
いくつか見えました。

「人」の気配がしない

一番衝撃だったのが、
すべてはつながってる(いわゆるヨガ、融合ってやつですね)、
みたいなでっかい宇宙観や理想像を、
ぼくはビジョンとして描いている。
が、
今現在の生身の自分のまわりには、
まったくと言っていいほど「人」の気配がしない。
ということ。

が、が、が、愕然としましたよ。

もうちょっとセッションの中身を具体的に話します。

コーチング・セッションの中で、
理想的な状況とか、こうなったらいいなっていうことを、
とにかく制約を取っ払って、出来る限り出してみよう、
ということをしたんです。

ホテル暮らしをする、とか、
所有物をトランク1個にする、とか、
出家する(笑)とか、
いろいろ出て、
それをコーチが付箋に書いてペタペタ貼っていく。
とりあえず30個くらい出したところで、俯瞰。

「まわりに人がいない感じ。。。」

ゲゲ。。。

戦争も病気もない世界? リアリ〜?

うーん。
夜、自宅で、付箋をながめて、
これとこれはくっつけよう。
これとこれはこんな位置関係。
等、グループ化したり、関係性を作ったりして、
しっくりくるまで、あれこれ並べ替えたりしてみた。
そこで改めて感じた。

「うん、やっぱり人がいないわ。。。」

みんながやりたいことをできているなら、
戦争も病気もこの世からなくなる。

ぼくは本気でそう思っているんだけど、
そう思っている今現在のぼくのまわりには、「人」の気配がない。
近い将来のビジョンにも、「人」という要素がほぼ感じられない。

先の先の先〜の方の壮大な理想像に、
突然、
世界中のみんなが、ワ〜っていきなり登場してきている感じ。

冷静に考えると、すごく異様。
何か変だね。

いつも同じようなところでぶつかる壁。
定期的に訪れる閉塞感や停滞感。
それらの、大元の大元の大元のところに、
この「人」との関わり、というものがあるような気がしました。

自分の癒しは終わった。次のステップへ。

これまでは、自分の考えや意見はなかなか言葉にできなかったり、
口に出すのが怖かったんです。
言ったとしても、ごくクローズな世界でだけ。

批判や反論はめんどくさいし、
褒められるのも照れくさいしプレッシャーになる。
そのどちらも、人との関わりなんですよね。

コーチはこうも表現してました。
「自分の癒しは終わった。
ビジョンもある。
それをどう形にしていくか?
自分ひとりで達成できそう?」

ああ。そういうことか。
現在と遠く先にある大きなビジョンとの間の空間が、
すっぽり抜けている感じがしてたんだけど、
その謎が解けた。

すべては、必要性があってやってきている

自分ひとりだけビジョンを達成しても意味がない。
とは思っていた。
だけど、
自分の頭の中だけにしか、
そのビジョンは存在していなかったということだ。

それでは他の人は、そのビジョンについて知りようがない。
伝えようともしていなかった。
怖いしめんどくさいから。
ぽっかり抜けていた感じはそれだったのか。

でもこうして、サイトやブログを立ち上げて、
自分の考えていることや想い、あるいは今回みたいな負の部分とかも、
公にしてみようと思ったことは、
偶然とか気まぐれではない。
今のタイミングに必要なことだったんだな、
とも改めて思いました。

次のステップに進む必要性に、自分自身で気付いていたんだな。
そして、その具体的な一歩も着実に踏み出せているな。
その確信は大いにあります。

ご清聴ありがとうございました。

では〜。

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